初めてのスペイン巡礼を終えて読む「星の巡礼」から学ぶこと

パウロ・コエーリョの名書「星の巡礼」のレビューです。

「星の巡礼」はスペイン巡礼を題材にした書籍では最も有名な一冊。

著者パウロ・コエーリョの実体験をもとに綴られた本作は、現実離れした内容でありながらあまりに現実的な一冊でした。






初めてのスペイン巡礼を終えて読む「星の巡礼」から学ぶこと

星の巡礼は、著者パウロ・コエーリョが実際にスペイン巡礼の巡礼路の一つ、フランス人の道を歩いた経験をもとに書かれています。



訳者のあとがきにも、

サンチャゴ・デ・コンポステーラへの「星の道」と呼ばれる古来からの道を歩いた経験をそのまま記したものが、この『星の巡礼』なのです。

– 星の巡礼

と書かれています。

作品内では、RAM教団や神秘的な体験など、ある種のファンタジー的な要素が強くフィクションかと思いきや、RAM教団は実在し、1981年にパウロ・コエーリョは実際にRAM教団に入団、その後作品内に出てくるように最後の試験に落第したと、あとがきに記されています。





パウロ・コエーリョ「星の巡礼」のあらすじ

ブラジルに住む主人公のパウロは、彼の所属するRAM教団にて剣を手にするため最後の試験に挑みますが、師匠に失格を告げれらてしまいます。

師匠は、彼の剣をスペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへと続く、サンティアゴの道のどこかに隠すことを告げ、彼自身の手でそれを見つけ出しなさい、と告げます。

そうして彼はしぶしぶながら、ブラジルからスペインへと渡り、スペイン巡礼をすることになりました。

巡礼路上で待っていた、主人公パウロのガイド、ペトラスとともに巡礼の道を歩きながら剣を探す旅が始まりました。

物語は、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼記をベースにに、自己の探求や人間の内面的なことが大きな要素となっています。





「星の巡礼」の名言

一見、ファンタジー的な要素が強く見えますが、内容はとても本質的で誰もがもつ自身の内面的な弱さや恐怖、愛や力について物語に合うように言葉を変えて綴られています。



それまで生きることを恐れていた自分を自分自身に対して申し訳なく思った。最も大切なことは、人生を思い切り楽しむことなのに、なぜ人にノーと言うことや、やりかけの仕事を放り出すことを、あんなに恐れていたのだろうか?(中略)彼は、私が今日楽しむべきことを明日に延ばそうとしても、決して許してはくれないだろう。



自分をいじめてはいけない。自分にやさしくなりなさい。君が受けるに値する賞賛をすなおに受け入れるんだ。




人が自分自身に課することができる過酷さについて、話したことがあったよね。人生は素晴らしくて豊かなものだと教えようとすると、こうした人たちはその考えを拒否する。(中略)幸福感、愛を感じるとき、その感情をあまり強烈に味わうのが怖かったんだ。その幸せが他の人に嫉妬される原因になるのではないかとか、自分にはそんな価値がないと思ったりしてね。



私たちは自分自身の能力を受け入れるのが怖かったのです。





これらは特別な境遇に思える主人公だけでなく、私たち誰もが同じように当てはまります。


剣を探している主人公にとってサンティアゴの道を歩くこと、その道中で経験することは、特別なものでした。

しかし、彼のガイドはサンティアゴへの道は ” 普通の道 ” だと繰り返し伝えます。


実際に私もスペイン巡礼をして、自分なりの主人公のような経験がありました。

数々の気づき、経験、葛藤、それらは全て自分の内側から出てきたものでした。

巡礼者の数だけ、違った巡礼があり、同じ道を歩いても人によって感じるもの、得るものは全く違います。

巡礼の道は、いつもより真剣に自分に向き合い、自分を受け入れる時間をくれる道なのだと思います。

ちなみに主人公にとって大切な場所となる、エル・セブレロはO Cebreiroのことです。これは作者が言及していました。





まとめ

私は初めてのスペイン巡礼を終えてしばらく経った後、星の巡礼を読みましたが、こんなに現在社会の現実とかけ離れた内容でもどこか共感する部分、自分と重ね合わせる部分がありました。

そして次の巡礼が始まる前に、出会えてよかった本の一冊になりました。






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