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雨のフエ、黄色いバインミー屋【ベトナム・フエ旅行記/滞在記】

coco

本記事は、旅の面白い体験を気ままに書き綴っただけの役に立たないエッセイです。

広い心で読んでいただける方は、どうぞおすすみくださいませ。


ベトナム中部に位置するフエ。ベトナム最後の王朝グエン朝の首都であったフエの王宮は世界遺産に登録されている。

王宮には行かなかったし滞在中はほぼずっと雨がったが、ベトナムを1ヶ月旅した中で最も好きな街がフエだ。

沈没していたかもしれない。

雨季のフエも良いじゃないか。そう思える体験をさせてくれたのは一軒のバインミー屋だった。





ベトナム中部の古都フエ。ベトナム最後の王朝グエン朝の首都が置かれていた場所であり、その王宮は世界遺産に登録されている。

フエ観光と言えば、真っ先に挙げられるのが世界遺産の王宮であるが、フエに5日間滞在しておきながら王宮に訪れることはなかった。

3月上旬のフエは、灰色の雲が空を覆い、しとしとと、時にはばしゃばしゃと雨が降り続いていた。

それでも私にとってフエは1ヶ月のベトナム旅の中で、最も気に入った街である。





フエに到着して、レインジャケットとレインパンツで凌げる程度の雨の中、ホテルにチェックインした。

とりあえず空っぽになったお腹を満たそうと飲食店を探す。ホテルの目の前の通りは繁華街で、飲食店を探すのに困ることはない。

目についたローカル食堂の軒先に置いてあるメニューをぱらぱらとめくりながら、フエについたら食べたいと思っていた目当ての一品が置いてあるのを確認して、お客さんが入ってきた時特有の愛想の良い笑顔で立っているおばちゃんに声をかけて席についた。





ベトナム料理の一つに、バインセオBánh xèoというターメリックで色付けされた黄色の薄い小麦粉の生地で肉や海鮮、野菜炒めを挟んだ料理がある。「ベトナム風お好み焼き」と紹介されることが多いが、実際のところお好み焼きとは全く別物だ。

ベトナム全土で食べられているものだが、フエのバインセオはバインコアイBánh khoaiと呼ばれ、具を包む生地が、ぶ厚くサクサクとした食感のフエならではのバインセオである。




具が少なめだったからかちょっと物足りなさも感じつつ、カフェにでも入ろうかとフラフラしていると、一人の男が目の前でバイクを止め、アイコンタクトとジェスチャーで何かを言いたがっている。


その仕草から、観光名所に連れてってやるぜ系のものではなく、日本の外を旅していると遭遇しがちなアレをこっそりと売る人なのだとすぐに分かった。

アレ以外の品も揃ってるぜ、と得意げな顔でネタを見せてくれた。

ベトナムでは、非合法だが行くとこに行けば、なんなら大っぴらに匂いがぷんぷんするエリアもある。

ホーチミンの高級住宅街や自然溢れる場所、主に欧米人が楽しんでいる印象だが、カフェで年配のベトナム人のおじちゃんたちが回している時もあった。



これまで一度も、ベトナムでは買わないかと声をかけられることはなかったが、フエについて1時間もしないうちに3人もの人に声をかけられたのは驚きだった。



それが出回るような雰囲気が嫌いではない私は、これは面白い。と思わず口角が上がったのを感じた。





ランチを食べた食堂のすぐ隣にあるカフェに入って窓側の席に腰掛けた。

ぼんやりと通りを眺めていると、道路を挟んだ向こう側にやけに目を引く黄色い看板のバインミー屋に気がついた。

カフェを出たらあそこでバインミーを食べようと決め、アメリカーノをゆっくりと飲みながらぼんやりと過ごしていた。



バインミー屋に立ち寄ると、年の頃まだ10代に見える少女が店番をしていた。


歩道に面した場所に大きく張り出されたメニューを眺めてみると、15.000ドン、日本円で75円ほどだ。

バインミーの相場は決まって20.000ドンなので安い上に黄色い店構えがやけに美味しそうに見える。






甘辛いタレの豚肉のバインミーを一つ注文し、雨が降っている軒先でゆっくりと少女がフランスパンを切っていくのを眺めていると、「中に入って待っててよ!」と手招いて丸いパイプ椅子を用意してくれる。

招かれるままに店先に入りたわいもない話をしながらバインミーができるのを眺めていた。

持ち帰りのつもりで頼んだが、少女の「ここで食べて行きなよ。」の声に甘えて店内で食べることにした。


多くのバインミー屋ではフランスパンに具を挟んで完成だが、ここでは仕上げに温めてくれるのでフランスパンのカリカリとした食感がクセになる。





バインミーを頬張りながら、そしてぺろりと食べ終わった後も、バインミー屋の彼女といろいろな話をした。

英語を専門とした大学に通っている19歳の学生で、英語を使う機会を求めてバインミー屋でバイトすることにしたこと。
ゆくゆくは旅をしたいと思っていること。大学で第二言語の専攻をしなければならないが、フランス語か中国語かスペイン語で悩んでいること。毎週土曜日にはベトナムの伝統衣装アオザイ来て通学すること。

ニコッと笑った笑顔が可愛らしい人懐っこい子で気付けば2時間もそこで過ごしていた。

それからフエ滞在中は毎日彼女に会いに行くようになった。






彼女のバイトは大学終わりの夕方5時からだったので、昼間はカフェで仕事をしたり、ふらふらと街を歩いた。

フエの街を歩いていると必ず誰かが声をかけてくる。声をかけられるのはフエに限ったことではないが、フエの人々は懐っこさがある。商売抜きで挨拶してくれる人、ニコッと笑ってくれる人、そういった人がとても多かった。

その街でどんな体験をするか、どんな人に出会うかは、必ずしも街に由来するものではないと思っている。

望むものであれ望まないものであれ自分の思考していたことや期待が目に見えて現れたりするし、自分の視点次第で良くも悪くも見える。

それでも、フエには不思議な人々の魅力があった。

この心地よさはなんだろうかと考えていると、ふと、フエの人々は外国人観光客とローカルな人との境目が薄いように思えた。

観光客としてよりも、人として接してくれるのだ。




某流行りのものがあった時に、ベトナムから出られなくなった旅人がフエに長期滞在していたのをSNSで見て、ハノイやホーチミン、ホイアンに比べフエに特段印象のなかった私は、どうしてフエなんだろうかと、ぼんやり考えていたことを思い出した。

そしてなぜフエなのか、少しだけ分かった気がした。






ホイアンのような煌びやかな美しさもなければ、ハノイやホーチミンのような都市でもないフエには、ふーっと一息ついて腰を下ろしたくなるような居心地の良さがある。



フエを訪れたのはビザが切れる5日前だったので、必然的にタイムリミットと共に去ることになったが、もし旅の初めに訪れていたら、バックパッカーの間でよく言われる「沼にハマる」ことになっていたかもしれない。


夕方になると決まってバインミー屋を訪れた。美味しいバインミーはただの口実で彼女と話すのがフエでの最大の楽しみになっていた。

「雨季に入ったから3ヶ月間も雨の日が続くんだよ。」彼女は弱まることのない雨を眺めながら教えてくれた。

バインミー屋の軒先で話していると、雨を理由に通りすがりの旅人が輪に加わることもあった。

私も雨のおかげで彼女に招かれた一人である。

雨が続くのも悪くない。そんな思いがよぎるフエだった。









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